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心房細動 その血栓形成は

心房細動は脳梗塞の発生率を約5倍に増加させます。心房細動の人における脳梗塞の多くは、心臓の中の左心房という心室に形成された血栓によるものであり、心原性脳塞栓症といいます。心原性脳塞栓症は、しばしば多発性で大きな脳梗塞を生じます。したがってこれを発症されると約半数の人が死亡、寝たきり、または介助が必要な状態となり現在高齢化社会の進行とともに社会問題となりつつあります。では心房細動の人の左心房になぜ血栓が生じるのでしょうか。ドイツの病理学者であるウィルヒョウは生体内における血栓の形成には3つの要素が重要と提唱し(ウィルヒョウの3徴とよびます)現在においては心房細動における血栓形成にも当てはまることが明らかとなっています。その3つの要素は @血流のうっ滞 A血管内皮細胞障害 B血液凝固亢進状態 とされています。以下にこれらについて説明します。

@…心房は生理的には収縮能をもっており、心臓の血液の拍出に少なからぬ貢献をしています。しかし心房細動が生じると、心房の収縮はほとんど失われ、左心房特にその内部の左心耳という部位(血栓を形成する部位のほとんどが左心耳)の血流速度が低下します。心臓のエコーでみると、左心房内に煙のようなもやっとしたエコー(もやもやエコー)が観察されます。左心房内の血流の速度の低下に伴って「もやもやエコー」が強くなり、これが左心耳の血栓形成と塞栓症発症に関連していることが知られているのです。左心耳内の血栓形成は左心耳の形態によってもリスクが異なるとの報告もあり、いわゆるにわとりの翼(chiken wing)型の左心耳の人は血栓形成リスクが最も低く、カリフラワー型の左心耳の人はその約8倍の形成リスクがあると報告しています。

A…血管の最も内層には内皮細胞が存在します。心房組織の最内層にも内皮細胞が存在し、これが血栓形成を制御する機能を有しています。心房の内皮には凝固因子の働きを制御する抗血栓分子がもともと存在していますが、心房細動が生じるとその発現が低下し、血栓形成に向かうことになるというものです。心房細動による血栓が右心房よりも左心房で圧倒的に多いことも内皮細胞の変化で説明されています。(詳細は略)

B…凝固亢進をもたらす凝固因子は肝臓で作られます。心房細動が生じると肝臓内での凝固因子産生が遺伝子発現の変化により亢進するとされており、過凝固状態になるとも報告されています。そしてこれにより血栓形成のリスクが高くなるということになります。

上記のウィルヒョウの3徴について説明しましたが、血栓形成のリスクは個々の人によって異なります。このことは以前CHADS2などのリスクスコアでも説明しました。これは、高血圧や糖尿病などのリスク因子それ自体も、心房の内皮機能の異常、凝固の異常などをひき起こし、血栓形成に関与していることを示唆しています。実際、心原性脳塞栓症を発症する前には必ずしも心房細動の発作が存在するとは限らないという報告も複数あります。つまり心房細動を生じる人はそもそも血栓を生じやすい基質をもっているのではとの考えもあるのです。
以上、心房細動と血栓という観点から記載しました。心房細動はそのものの治療は大切ですが、その背景にある塞栓症のリスク因子に対するわれわれ医師の適切な介入が必要ということにもなるのです。

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