お知らせ
薬剤誘発性高血圧
医療用薬剤のうち非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、カンゾウ(甘草)製剤、グルココルチコイド(ステロイド)、シクロスポリン(免疫抑制薬)、エリスロポエチン(腎臓の機能低下により生じる貧血に対して使用)、経口避妊薬、交感神経刺激薬などは血圧上昇作用を有し、高血圧を誘発するとともに、降圧薬と併用することにより、降圧効果を減弱させる可能性が指摘されています。また近年では癌などに使用される分子標的薬による高血圧の誘発も報告されています。高血圧の人は他の疾患を合併し、複数の医療機関を受診されることは少なくありません。これらの人は、今まで血圧管理ができていたが、血圧のコントロールの不良な高血圧を生じた場合、薬剤誘発性の高血圧の可能性を考慮する必要があります。また、これらの薬剤を服用する場合には、血圧の管理状況に留意する必要もあります。(処方する医師も)血圧を誘発するリスクのある薬剤について概説します。@非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs): NSAIDsは腎臓での血管拡張作用のあるプロスタグランジンの産生を抑制します。そしてその産生が抑制されると、腎機能の低下を介して血圧の上昇をきたします。特に高齢者では急性の腎機能障害をきたしやすく、腎機能障害がさらに血圧上昇を促進します。したがって高齢の高血圧の人はNSAIDsを服用する場合、少量を一定期間服用し、きめの細かい観察と腎機能のチェックが必要です。腎機能の低下が認められた場合、その薬剤を中止するか、中止ができない場合にはアセトアミノフェンへの変更も考慮する必要があります。NSAIDsとの併用により降圧効果の減弱する降圧薬は多く認めます。しかし、Ca拮抗薬はNSAIDsとの併用による降圧効果への影響が少ないとされています。Aカンゾウ(甘草)、グリチルリチン:カンゾウ(甘草)は肝臓の疾患治療薬、消化器疾患治療薬、その他の多くの漢方薬、健康補助食品、化粧品などに含まれています。カンゾウ(甘草)の主要な有効成分であるグリチルリチンの使用により、ナトリウムや水の貯留、低カリウム血症をきたし、高血圧(偽性アルドステロン症という)を誘発することがあります。グリチルリチンの使用量、使用期間、年齢(60歳以上)が本高血圧発症の危険因子とされています。診断は高血圧が偽性アルドステロン症の検査結果(詳細は略)と一致していれば疑いが濃厚です。臨床的には数週間(最大4ヶ月)の甘草の摂取の中断あるいはある種の降圧薬の服用で改善します。Bグルココルチコイド(ステロイド):グルココルチコイドは気管支喘息などの長期の治療において低用量の使用であれば高血圧をきたすことは少ないですが、中等量の長期使用では高率に高血圧を合併します。高齢者ではグルココルチコイド(プレドニゾロンなど)の服用量の増加に伴い、血圧上昇度は大きくなり、プレドニゾロンで20mg/日以上を服用するとその上昇は顕著であったと報告されています。この場合37%の人に高血圧が観察され、高血圧の家族歴のある人ではない人と比較して高率に高血圧を発症していました。グルココルチコイドによる血圧上昇の機序は諸々考えられていますが、いまだ十分には解明されていません。治療はグルココルチコイドの減量あるいは中止が第一ですが、困難である場合は、降圧薬の服用が必要となります。Cシクロスポリン:シクロスポリンやタクロリムスは臓器移植、骨髄移植における拒絶反応の抑制に用いられます。これらの薬剤は投与量、投与期間、投与される人の病態などで異なるものの、高率に高血圧を発症させます。高血圧の発症機序は充分に解明されていません。これらの免疫抑制薬による高血圧の治療には、有効な降圧薬は示されています。Dエリスロポエチン:腎臓の機能低下により生じる貧血をエリスロポエチンは改善しますが、血圧上昇を引き起こします。わが国では、その使用により約29%の人で血圧上昇が報告されています。高血圧発症の機序には貧血の改善による血液の粘稠度の増加とそれに伴う末梢血管の抵抗の上昇などが考えられています。一方で透析前の人では、エリスロポエチンの使用による血圧上昇は観察されなかったとの報告もあります。高血圧あるいは血圧の上昇を認めた場合には、エリスロポエチンの減量、中止が必要となりますが、軽度な血圧上昇であれば、降圧薬服用の有用性も報告されています。しかし、慢性の透析患者さん(82%がエリスロポエチンの投与を受けている)では、降圧薬服用にもかかわらず血圧のコントロールは十分ではないとの報告もあります。Eエストロゲン:エストロゲンは経口避妊薬や更年期障害の治療薬として用いられています。その大量の使用では血圧の上昇や、血栓塞栓症をきたすとされています。血圧上昇の機序の詳細は明らかではありません。血圧上昇の程度は用量依存性となりますが、低用量の使用からも注意が必要です。その使用により症状が認められた場合は、使用を中止し、他の避妊法を選択することです。中止できない場合は、ある種の降圧薬の服用が考慮されますが。F交感神経刺激薬:交感神経刺激薬は血圧上昇をきたす可能性があります。総合感冒薬の中にも含まれているものがあり、その過量服用では血圧上昇をきたすことがあります。三環系抗うつ薬や四環系抗うつ薬は交感神経の抑制薬を服用している場合、降圧の効果を抑制し、高血圧緊急症を呈することがあり注意が必要です。セロトニン・ノルアドレナリン取り込み阻害薬(SNRI)は神経障害性疼痛の治療薬として使用されますが、交感神経刺激作用により血圧上昇をきたすことがあります。交感神経刺激薬の使用により高血圧が生じた場合は、その減量あるいは中止が必要です。中止できない場合は、α遮断薬という降圧薬や中枢性交感神経抑制薬を服用することになります。Gがん分子標的薬:悪性腫瘍の治療薬などに使用される分子標的薬(主として血管新生阻害薬)は高血圧の誘発と心筋梗塞、脳梗塞の発症が重大な副作用として指摘されています。高血圧の発症率は薬剤や悪性腫瘍の種類などにより異なりますが、数%から80%前後の発症の報告があります。発症機序は十分に解明されていません。分子標的薬による治療の開始前には、高血圧がある場合には厳格な降圧をはかられる必要があります。高血圧が発症した場合には、該当する薬の減量や休薬が考慮されますが、それとともに通常の降圧薬の服用による治療が必要となります。
以上今回は薬剤により誘発される高血圧に関して概説しました。参考になればと思います。