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冠動脈疾患 発症リスクとしての環境要因
冠動脈疾患(CAD)発症のリスクとしての環境要因は、個人的な環境要因である喫煙や口腔衛生、社会自然環境要因である季節・気温変動や大気汚染があります。この他に、睡眠時無呼吸症候群などの睡眠障害、種々の精神疾患、さらに学歴・収入その他の社会経済的要因もCADを含む循環器疾患の危険因子または関連要因であることが報告されています。今回はリスクとしての個人的な環境要因、社会自然環境要因について概説します。個人的な環境要因である喫煙はCADの重要な危険因子です。わが国でも喫煙によるCAD発症のリスク上昇が報告されており、1日の喫煙本数が多いほどCAD発症のリスクが高まることも示されています。さらに非喫煙者のCAD発症のリスクを1とした場合、タバコ1本/日であってもCAD発症のリスクは1.65倍に増加することが示されています。完全に禁煙を継続できた場合は喫煙を継続した場合に比べ最初の5年ほどでCADや循環器疾患発症のリスクが4〜5割ほど低下することが国内外から報告されています。禁煙後の体重増加はCADの発症リスクを上昇させるのではないかという懸念に対しては、以下の報告があります。すなわち5年間禁煙経過中のCAD発症のリスクは喫煙継続者を1とした場合、体重増加幅が0.1〜5kgの人では0.58、体重増加がなかった人では0.51に低下したとの報告です。韓国の研究でも同様に禁煙後に体重増加した人でも心筋梗塞発症は有意に低下したことを認めています。したがって禁煙後の体重の増加は禁煙による心血管保護効果を打ち消すものではないと考えられます。受動喫煙はそれによりCAD発症のリスクが高まるとする報告は多くみられます。たとえば米国のタバコ煙に曝露されない女性を基準としたCAD発症の相対的なリスクを示した研究では、間欠的な曝露により1.58倍、家庭や職場での常時曝露により1.91倍となることが示されています。東アジア人での研究でも受動喫煙によるCAD発症リスクは1.2倍程度に増加しています。したがって受動喫煙減少による社会環境の改善がCAD発症リスクの減少に求められます。新型タバコも加熱式タバコはニコチン依存症の形成が懸念され、受動喫煙も発生します。動物実験では加熱式タバコは紙巻きタバコと同程度に血管の内皮機能を障害したとの報告があり、加熱式タバコの動脈硬化性疾患・CAD発生への関与が懸念されます。口腔衛生では歯周病はCADの危険因子と報告されています。歯周病がCAD発症に関与する根拠として、アテローム性動脈硬化症などの血管病変から複数の歯周病細菌が検出されていること、歯周病細菌が血小板の凝集を誘導すること、歯周病に伴う慢性炎症がCADを惹起させることなどがあげられています。一方、米国の心臓協会は歯周病がCAD発症や進行に影響するとの十分な研究根拠がないとの立場をとっています。季節・気温とCAD発症リスクでは、外気温の変動は血圧や心拍等の循環動態に生理的な反応を生じさせるため、CAD発症の高いリスクの人は急激な温度変化を避ける生活が必要です。循環器疾患による入院や死亡は冬季に多く、各季節における気温変動から、疾患発生率の上昇の日数は冬季が長く夏季は短くなります。
こうした季節差は温暖地域で特に顕著です。わが国での報告でも、冬季もしくは低気温による循環器疾患の発症の上昇が示されています。死亡率については、死亡前2日間の最高気温が1度低いことにより循環器疾患死亡のリスクは1.8%増加し、その関連は80歳未満でより強いことが示されています。発症については、夏季の最高気温と冬季の最低気温が心筋梗塞発症に関連すること、心筋梗塞発症が冬季に多いことに加え、冬季発症者の生命予後が不良であることがわが国で報告されています。
また心血管疾患による入院は前日の温度差が大きいほど多い(特に75歳以上)ことが示されています。
大気汚染物質とCADでは、WHOの2016年の推計によると、大気汚染による過剰死亡の58%がCADと脳卒中であり、18%のCOPD(慢性閉塞性肺疾患)および急性下気道炎症、6%の肺癌と比較してきわめて大きく推計されています。汚染物質は粒子が小さいほど大気中に長く浮遊し、吸入・沈着しやすくなります。大気中に浮遊する粒子状物質(SPM)のうち粒子径が10〜2.5μmのものはPM10-2.5、2.5μm未満のものはPM2.5と定義されます。PM2.5濃度上昇による短期曝露はCAD死亡のリスク増加や院外心停止の増加をもたらすとわが国の疫学調査から報告されています。PM2.5の長期曝露は、PM2.5濃度が10μm/m3上昇するとCAD死亡のリスクを7.5%増加させると米国での研究で示されています。また欧州でもPM2.5が環境基準値を下回る曝露であっても有意なACS(急性冠症候群)発症のリスクの上昇を生じると報告しています。したがってPM2.5濃度がCAD発症のリスクを上昇させることは明確であり、心血管疾患の高リスクの人は可能なかぎり大気汚染を避けることが推奨されます。
以上今回はCAD発症と環境要因との関連について記載しました。