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高血圧とがん
がんはわが国における死因の第1位であり、世界的にも主要な死因の一つです。一方、がん生存者は年々増加しており、高血圧症の人も同様に増加しており、結果としてがん患者の人は高頻度に高血圧を合併していることが明らかとなっています。また高血圧症を合併したがん患者の人は今後も増加することが想定されており、実際、10年以上生存したがん患者の人の高血圧リスクは2.5倍と報告されています。そのため高血圧はがん生存者の最も高い頻度の併存疾患となっています。またがん患者の人は日本の高血圧診断基準よりも低い程度の高血圧の段階から心不全発症リスクが上昇することが明らかになっており、がん患者の人における適切な血圧管理の重要性が示唆されます。しかしがん患者の人における血圧管理に関する指標は確立していなく、それに対する集学的な研究が必要とされています。今回は高血圧とがんとの関係について記載します。高血圧とがんには密接な関係があり、肥満、糖尿病、食塩過剰摂取など共通したリスク因子もあります。欧州の研究では、平均血圧(収縮期・拡張期血圧の平均)は男性では全がんの発生と関連していたが、女性では関連していなかったと報告しています。
また、高血圧は脳腫瘍のリスクとなり、食道扁平上皮がんとも関連があるとした研究もあります。欧州の他の部位別にがん発症リスクを検証した研究では、腎細胞がんは収縮期血圧が高くなるごとに有意に増加し、また頭頸部がん、食道扁平上皮がん、皮フ扁平上皮がん、肺小細胞がん、閉経後乳がん、子宮腺がんと高血圧との関連が指摘されました。高血圧症の人が腎細胞がんのリスクが高くなることを示した報告は、欧州以外の国からも複数示されています。一方、高血圧と直腸がんや大腸がんとの関連は一貫した報告はありません。子宮内膜がんや前立腺がんに高血圧が強く関与している可能性を示唆した報告もあります。これらの疫学的研究から高血圧はある種のがん発症に先行する可能性が示唆され、降圧療法はがん発症率低下につながる可能性があります。
しかし高血圧とがんが関連する正確な機序は解明されていなく、今後の研究の進展が期待されるところです。
降圧剤の使用とがんのリスクについては、複数の降圧剤により、悪性黒色腫や肺癌の発症リスが上昇するとした報告がいくつかあります。しかしこの懸念に対する大規模な研究では、いずれの降圧剤においてもがんの発症は増加せず、降圧剤の使用とがん発症リスクの影響に関する証拠は見出されませんでした。がん患者の人における高圧療法の有効性では、がん患者の人と心血管疾患の合併は増加しており、一部のがんでは、腫瘍の再発よりも心血管疾患による死亡が多くなっています。したがってがん生存者の心血管疾患の管理は高血圧の管理とともに重要になります。血管内皮増殖因子(VEGF)阻害薬は腫瘍増大抑制やほかの抗癌剤の作用増強効果が報告されています。しかしVEGF使用者の重症高血圧のリスクは5倍であり、かつ使用している患者さんの最大43%で高血圧が発生することが報告されています。
一方、高血圧を発症した人は降圧薬により良好な治療が得られたことが複数の研究で示されています。
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)は、がん治療において非常にすぐれた治療成績を示し、日常臨床で広く用いられています。一方でICIに関連した、心筋炎、不整脈、伝導異常、心膜疾患、たこつぼ心筋症などの入心毒性は、がん患者の人にとって深刻かつ生命をおびやかす可能性のある有害事象です。ICIの使用でこれらの心血管疾患のリスクの増加は報告されていますが、高血圧に関しては短期的には発症のリスクは増加させないとされています。高血圧であるがん生存者の人や抗がん剤使用による血圧上昇患者さんに対しては、降圧薬の追加や降圧薬の漸増が推奨されています。しかし降圧療法による血圧の推奨値を示持するデータはわが国ではほとんどありません。米国では抗癌剤治療中の人の降圧剤に関しては、尿中に蛋白が存在する場合、しない場合で各々降圧剤を推奨し、かつその両薬使用でも血圧が基準を満たさない場合に使用を推奨する薬を発表しています。がん患者の人の生存期間は長くなっており、またこれらの人は心臓死や心血管疾患に罹患しやすくなっていることを考えると、降圧療法・至適な血圧値に対する検討は有用かつ必要です。
最近では心血管疾患リスクが高い人に対して集中的に血圧を下げることは支持されています。しかしこれらの研究でもがん患者の人は含まれていないため、CVDリスクの高いがん患者の人に130/80mmHg未満を目標に降圧すべきかは不明です。したがって現時点では循環器内科医や他科の医師が連携してがん患者の人に対する最適な降圧療法を決定していくことがおこなわれています。このように高血圧とがんとの関連には複雑でいまだ不明な機序が多数あり、そのため包括的な多職種による協力と研究が必須となるのです。以上。