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心脳血管疾患発症 その日内変動

生体では体内時計によるサーカディアンリズム(概日リズム)によって体温、血圧、睡眠など人間の基本的な機能が調整されています。今回は心血管疾患とサーカディアンリズム すなわち日内変動について記載します。血圧は通常、夜間就寝中に日中覚醒時より10〜20%低下します。この正常のサーカディアンリズムを有するタイプをディッパーといいます。夜間の血圧低下が10%未満のタイプはノンディッパー、20%以上血圧が低下するタイプはエクストリームディッパーといいます。一方血圧が夜間に上昇するタイプはライザーといいます。ノンディッパーやエクストリームディッパーがディッパーより、脳心血管障害の発症率が高いことは報告されており、さらにライザーも心血管疾患発症リスクが有意に高いことは報告されています。つまりディッパー以外のタイプはいずれも心血管疾患のリスクが上昇するとされており、血圧のサーカディアンリズムの重要性が示唆されます。脈拍も血圧と同様に夜間就寝中は日中覚醒時より低下するサーカディアンリズムを有しており、夜間の脈拍数の低下が少なくなると心血管疾患のリスクが上昇します。急性心筋梗塞の発症が朝方に多いことは、多くの疫学研究で示されています。午前中に発症が多い機序として、朝起床して交感神経活性の亢進による血圧の上昇・心拍数の増加および心筋収縮力増強による心筋の酸素消費量の増加が心筋の虚血をきたしやすくなるなどが考えられています。一方朝方に加えて夜間にももう一つの発症のピークがあることも報告されています。これは冠動脈内のプラーク(動脈硬化の強い病巣・粥腫)の異なる病態(プラークの破綻は午前中に多く、プラークのびらんは相対的に夜間に多い)による可能性と提唱されています。冠攣縮性狭心症も発症に日内変動を有し、夜間から早朝にかけての安静時に多く発症します。これは夜間の副交感神経の活性が血管の内皮細胞の機能異常を呈している冠動脈の攣縮を誘発するためと考えられています。不整脈に関しては、心室不整脈は日中に多く夜間に少なく、上室不整脈は日中より夜間に多いとの報告があります。しかし上室不整脈の日内変動の機序には未解明な部分が多く、たとえば発作性上室頻拍は夜間より日中に多かったとの報告があります。徐脈性不整脈は夜間に多く認めます。特殊な不整脈であるブルガダ症候群の心室細動は夜間睡眠時に多く認めます。夜間の副交感神経の活性亢進・交感神経の活性の低下が機序として考えられます。心臓が原因の突然死に関しては年齢・性別にかぎらず午前中に多く、深夜に少ないという日内変動が報告されています。ただしこれは原因疾患(急性心筋梗塞、心室不整脈)の発症が関係していることが示唆されます。肺動脈血栓症の発症は午前中に多いことが報告されています。血栓形成が午前中に高いことが関連していると考えられます。動脈瘤(胸部・腹部)の破裂では午前と夜間に二峰性の発症のピークを認めると報告されており、その機序には血圧の日内変動が影響していると考えられています。
脳血管障害では虚血性脳卒中、出血性脳卒中、一過性脳虚血発作のいずれのタイプでも午前中にその発作が多いと報告されており、発症機序は血圧の日内変動が関連していると考えられます。
環境によりサーカディアンリズムが変化することに関する研究があります。夜勤へのシフトと虚血性心疾患の発症の研究では、11〜15年間夜勤シフトを続けると虚血性心疾患の発症の相対危険度は2.2倍に上昇し、さらに16〜20年間の夜勤シフトの継続では相対危険度が2.8倍に上昇するとの報告があります。また、1か月に3回以上の夜勤シフトを6〜14年続けると、まったく夜勤経験のない女性と比べて心血管死のリスクが1.19倍に上昇し、15年以上続けると1.23倍に上昇するとの研究結果もあります。さらにサーカディアンリズムが障害される夏のシステム移行期2週間は急性心筋梗塞の発症リスクが上昇すると報告もされています。
上記のようにサーカディアンリズムを維持することの重要性およびその障害と心血管疾患との関連が提唱されています。
心血管疾患の発症にはこのように日内変動があることがこれまでの多くの疫学研究や生物学的病態研究で明らかにされてきました。しかしいまだ未解明な点も多く今後のさらなる研究の進歩が心血管疾患の予防や治療への発展につながることが期待されます。